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短い会話や日常について
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「猫。」
彼女が言った。僕はあッ、と思った。道の真ん中に、猫の死骸があった。蒸し暑い空気に腐敗して蛆が沸き、異臭と蝿を纏った塊の前で彼女は立ち止まってそれを見た。
「三毛猫ね。可愛かったんだろうな。」
白いサンダルから見える赤のペティギュアは剥げて短い爪の先は砂まみれだった。長い距離を歩いてきた。陽炎が視界を漂う中で、彼女は僕の名前を呼んだ。長い髪が風に揺れてはッとさせられるようなまろやかな空気の流れがそこに生まれて、僕は詰まる息を殺して何か言おうとした。足が震えた。
「やめにしよ。もううちはどこも行きたくない。」
彼女は「やめにしよ。」ともう一度言った。
「今日は暑いね。」
僕達は道の真ん中で立ち尽くした。蝉の声が反芻する濃密な空気の中で肩で呼吸をしていた。気づいていなかったわけではない、スカートの裾がほつれているのも泥が撥ねているのも肌の色が変わってしまったのも、気づいていた、無視しきれなかったのだ。彼女だけがそれを見据えていた。
正面を向いたらそこは道の途中だった。僕らは道を歩いていた。そこは道の途中だった。途中のはずだった。逃げてきた。途中から逃げていた、でもここはもう途中ではなかった。
目の前に転がっているのは三毛猫ではない。 ここで終わりだった。

途中は僕らの終わりだった。
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